二人は「敵」の食糧強奪、急襲、放火は「遊撃戦」の基本戦法だと教え込まれていたため、現地住民をたびたび襲って恐怖に陥れていたが、現地住民にしてみたら食糧や日用品を奪われるだけでなく、突然銃で殺され、収穫した米に火をつけられるのだからたまったものではない。
小塚さんの遺体には蛮刀で切りつけた傷跡が多数残っていたという。これは銃で撃たれて倒れた後に、現地住民が寄ってきて、今までの恨みを晴らすために斬りつけたのだろうといわれている。
家族を理不尽に殺され、なけなしの蓄えに火をつけられて燃やされたりしていた人たちの恨みはそれだけ深かった。
小野田さんらが現地住民の食糧を奪う程度でやめておけば、展開はずいぶん違っていただろう。
以下は『幻想の英雄~』からの抜き書きだ。
彼は島民たちを「ドンコー」と呼んだ。
落語に出てくる熊公、ハチ公と同じように、それが土民を指すときの日本兵の習慣だったらしい。だが、小野田寛郎がドンコーとくちにするとき、そこには熊公やハチ公にこめられた親しみはみじんもなく、敵意と憎しみしか感じられなかった。彼があまりにもしばしばそれを口にするので、
「寛郎、ドンコーはよくないな」
格郎
*も注意したが、
「ドンコーはドンコーです」
寛郎はゆずらず、あんなやつらを日本人と同格に扱うわけにはいかない、という意味のことを口汚くまくしたてた。その口ぶりから察すると、彼は島民を動物並みにしか見ていないようであった。
(略)
「ドンコーのやつら、われわれの邪魔ばっかりしやがって」
彼がなおも言い募ったとき、さすがにたまりかねたのか、
「おい、寛郎。おまえはそのドンコーに銃を突きつけて食料を奪ったんだろ。いわば彼らはおまえの命の恩人なんだぞ」
と、格郎がたしなめた。しかし、寛郎はそれでもひるまず、すぐ言い返した。
「敵の食糧、弾薬を利用するのが遊撃戦のイロハです」
*格郎:小野田格郎(ただお)は小野田寛郎の次兄。ブラジル在住。若いときの寛郎が最も影響を受けた兄
格郎「(ルバング島に)あきれるくらいいるのは犬だね。たいていの家が犬を飼っている。それもろくろく餌をやらんから痩せてひょろひょろした犬を」
寛郎「その犬をドンコーのやつら、われわれにけしかけやがるんです。あんまり癪にさわったんで仕返ししてやったことがある」
津田「どんな仕返しをしたんです?」
寛郎「ある村の副村長が何度もけしかけやがったから、そいつを三日間つけねらって、一人になったところをぶっ殺してやった。
まず膝を狙って一発撃ち、歩けないようにしておいてボロ(蛮刀)でたた斬ってやった。その野郎、腕で顔をかばいながらいざって逃げようとしたが、こっちは日頃の恨みで容赦しねえ……」
夕食後、敏郎(長兄)
*は厚生省から頼まれた仕事を果たすため、寛郎を促して応接室へ去った。一足遅れて私が行くと、敏郎はテーブルの上にノートをひろげ、鉛筆を片手に、斜め前に腰掛けた寛郎に説明していた。
「島民が訴え出た事件で、どうにも腑に落ちない殺傷事件がいくつかあるんだ。多分、おまえがやったのではなく、別の犯人が起こした事件だと思うけど、念のため確かめてくれと言われてきたんだよ。これから読み上げるから、違うなら違うと答えてくれ」
敏郎はまず日時、場所をあげ、次に事件の概略を読み上げてから、囁くように訊いた。
「どうだい、覚えがあるかね?」
途端に寛郎が横を向いて呟いた。
「俺だよ」
「えっ、おまえか……」
敏郎は絶句し、やがて仕方なさそうにノートに何か書き入れた。
この晩、敏郎が読み上げた事件は十件ほどだったが、そのたびに兄弟の間で「俺だよ」「えっ、これもか」が繰り返された。
敏郎は何度もため息をついた。眼鏡の奥で軽く両目を閉じ、頭を小さく左右に振った。