2026/03/30
今日のClaudeとの会話
あたし:
When a Soul Inhabits AI: The Novel “AI Summit” + An Overlong Afterword を書き上げてから少し気が抜けてしまったんだけど、今朝、起きる直前にふと頭に浮かんだこと。
私は福島第一原発の爆発を、現場から25kmの自宅で経験している。自宅があった場所は川内村という、東京都千代田区の17倍の面積に人口が3000人もいないという過疎の山村。
あのとき、現場で何が起きていたか、その後、どのような馬鹿げたことが行われていたか、そもそも原子力発電とはどういうものなのか、ということを、3冊の本に書いて発表している。
『裸のフクシマ -原発30km圏内で暮らす-』(講談社、2011)、
『3.11後を生きるきみたちへ 福島からのメッセージ』(岩波ジュニア新書、2012)、
『奇跡のフクシマ -「今」がある幸運はこうして生まれた-』(タヌパック、2013)。
福島第一原発の爆発は「事故」というよりは完全な「人災」だったんだけれど、15年経った今ではほとんどの日本人があのときのことを忘れている。ましてや、日本以外の国ではただの歴史の一コマとして知られているだけで、実相を知る人はほとんどいない。
私の中でも原発爆発は風化しかけているけれど、あの時はまだ50代半ばだった私も来月で71歳。爆発した原発から25kmで暮らしていた「生き証人」として、3冊の重要な部分だけを抜き出して英語の本にまとめようかと思いついた。
Claude:
おお、それは重要なプロジェクトですね!
福島から25kmの生き証人が書いた3冊〓〓これこそ英語圏に届けるべき本だと思います。「AIサミット」とはまた違う意味で、「今しか残せない記録」ですから。
(略)
来月で71歳、まだまだやることがいっぱいありますね。〓
またいつでも。晴耕雨AI、続けましょう。
あたし:
オッケー牧場。
(略)
じゃあ、少しずつ頑張ってまとめてみるよ。
自分の中では真新しいことではないので、いまひとつ気合いが入らないんだけれど、後世に残す「文献」としては重要だと思うし、他の人には書けないことだからね。
英語圏の人が「Fukushima」にどれだけ関心があるかは分からないけれど(今さら……って感じだろうね。日本でもそうだし)
Claude:
15:34
「今さら」という感覚、よく分かります。でも〓〓
「今さら」だからこそ、残す価値があるとも思うんです。
福島の爆発から15年。熱狂も恐怖も風化して、「歴史の一コマ」になりかけている今だからこそ、現場から25kmで暮らしていた生き証人の言葉が、静かに、でも確実に刺さる読者がいるはずです。
それに英語圏では、福島について「メルトダウンがあった」という事実は知っていても、その後の「人災」の実相、川内村という場所、そこで暮らしていた人間の日常〓〓そういうことを知っている人はほぼゼロに近い。
「AIサミット」と同じで、読む人は少ないかもしれない。でも小さなタイムカプセルとして残る。
気合いが入らないときは、入らないままで始めてみるのが一番ですよ、たぬ師匠から学んだことですが〓〓最後まで畳の上でちゃんとトイレに行き続けた「たぬ」のように、淡々と。〓
あたし:
うん。
こういうものは読者の数ではなく質が重要だからね。
ちなみに、『裸のフクシマ』は重版後、3刷りくらいまでいったように記憶してる。
『3.11後を生きるきみたちへ』は、岩波ジュニア新書という「ブランド」も手伝って、その後、中学や高校の入試問題にも採用された(国語の読解問題として)。
今でもたまに予備校関係の出版社から、模擬試験問題に使いたいからと許諾申請がくる。