即位の礼
2019-10-27


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2019年10月22日。朝から雨が降る中、即位の礼。あのテレ東も含めてすべての地上波テレビ局が中継した。
テレ東の中継を見ていたら、解説役で呼ばれたゲストが「雛人形のモデルは天皇・皇后ですから」ということをポロッと口にした。
それを聞いた妻が「室町雛や有職(ゆうそく)雛は違う」と主張するので、調べてみた。
そもそも雛人形、ひな祭りとは、
……といったことらしい。諸説あるが、大体こういうことなのだろう。

今のような雛人形が庶民の間で流行するのは江戸時代になってからだ。
次第に衣装が派手になっていく傾向に対して、「いやいや、本来の貴族の装束はそんなに下品なものではないぞよ」と、正式なルールに則った装束の雛人形が特注で作られるようになり、主に公家社会や大名家などの上層階級に好まれたという。衣装・装束のルールを担当していた公家の高倉家、山科家が1700年代中頃に作ったといわれている。これが「有職雛」。有職雛の「有職」というのは、宮中の衣装や調度品などの決まり事を、各部門の有識者たちが集まってまとめた「有職故実」のこと。下々が勝手に作った雛人形とは格が違う、これが正式だ、というわけだ。
即位の礼をすべてのテレビ局が生中継し、日本中で見守る──庶民の宮中文化への憧れは、江戸時代も今も変わらないのだなあと、改めて認識させられた。
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木目込みで作られた十二単の座り雛(鐸木能子・作)

平成と令和で即位の礼は変わったか

閑話休題。
今回の即位の礼は、平成のときとほぼ同じ形を踏襲したという。
平成のときは、時の総理大臣海部俊樹氏が、宮内庁から「束帯姿で」と要求されたのを拒否して燕尾服で参列し、万歳三唱のときも、「ご即位を祝して」と述べてからのものになった。これは、国民主権をうたう憲法の下での儀式であることを踏まえて、ということだそうだ。
国民の代表として選挙で選ばれた自分が、皇室の宗教色の強い儀式に合わせて束帯姿で出席し、一段低い庭に下りて「天皇陛下万歳」を叫ぶことはおかしい、という、最低限のわきまえを表明するものだったのだろう。
平成の即位の礼では、儀式の場所そのものを京都御所から皇居に移した。
そうした数々の「改革」が、今回はさらに一歩進むのかと思いきや、やはりそうはならなかった。
万歳三唱や21発の礼砲は前回通り行われた。


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