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地方選挙の難しさ
一昨日の日曜日(2018/04/08)は日光市長選、市議会選の告示日で、近所の人や知人・友人たちの中にも、ポスター貼りの手伝いに動員された人たちがけっこういた。
市長選は4候補者の乱戦と伝えられているが、おそらく当選可能性があるのは2候補で、他の2候補はそれぞれ有力2候補の足を引っ張るという図式だろう。
2候補のうち、足の引っ張られ度合?が少なかった候補が勝つ……ということか。
市長選については、
4人の立候補者が揃った公開討論会の動画を教えてもらったので見てみた。
長いので飛ばしながら、いちばん頭よさそうな人は誰か、うわべだけで話している人は誰か、性格悪そうなのは誰か、本気で政策を訴えている人は誰か……といった視点で見ていた。
有力候補の一人が「子育て支援政策」についてこんなことを言っていたのが印象的だった。
子育て支援は大切だが、子供はいずれこの地を離れていく。その後、また戻ってきたいと思える魅力のある町であるかどうかが重要。まずは大人が生き甲斐を持って生きていける町じゃないと、出ていった子供は戻って来ないから、人口減少は止まらない。
親が自ら楽しく生きる、生き生きと暮らす姿を子供に見せられなければ、子供はこの地に魅力を見いだせない。
……そんなような内容だった。
まったくその通り。
で、公開討論会でこういう視点での持論を主張できる人かどうか、というのも重要な判断材料だろう。
お題目みたいなことを並べているだけの人は、自分の頭でとことん考えていない。周囲の人との関係や、上(県や国)とのパイプ作りのテクニックだけで市政をやろうとしている。だから、選挙でも、自分がいかに国や県から利益誘導できる人間かをアピールする。
しかし、そういう手法では、これから先、通用しない。だって、国がこのザマなんだから。国全体がじり貧になっていくのは分かっている。その中で地方都市が生き残る戦略を立てなければいけないんだから、ある意味、国政担当者よりもずっと頭がよく、実行力のある人物でなければ地方行政は託せない。
一方、何をやるにも金は必要だ。
地域内の税収だけではやっていけないから、地方交付税や各種補助金はどうしても必要。しかし、それがほしいと尻尾を振るだけではダメで、うまくもらった上で、合理的に、有効に使いこなす「技術」が必要なのだ。
なるべく喧嘩せず、対立構図を作らず、したたかに相手(国や県や大企業)を取り込み、結果として今よりいい方向に向かう知恵と対人関係形成能力が政治家には不可欠。清濁併せ呑み、ゲームに勝つずるがしこさも必要なのだ。
いくら正論を述べていても、自己主張で終わるような人、いざ仕事をさせてみたら現実に対応できないような人(つまり僕のような人?)は政治家には向いてない。政治に直接参加しようとせず、何かやるにしても外野からのサポートや自分の持ち場をしっかり固めることに徹したほうがいい。
……とまあ、そういう視点で投票する市長候補者は決まった。
「按分票」は廃止せよ
さて、市議会選はさらに難しい。
今回は定数24に対して27人が立候補。つまり落ちるのは3人だけ。
前回は定数が28に対して30人が立候補した。落ちたのは2人だけ。
最後の1議席を2人、3人が争うという選挙。であれば、落ちそうな候補者の中で、この人よりはこの人のほうを残したい、という視点で選ぶのがいいだろう。ということで、
前回の開票結果を改めて見たところ、驚くべきことに気づいた。
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