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●第一話● 前田清花(さやか) 22歳
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聖哉(せいや)と別れてきた。
ものすごく腹が立つ。聖哉にではなく、今まであの程度の男とズルズルつきあってきてしまった自分にだ。
あと、最後がお金のことでトラブったというのが情けなさすぎてイラつく。
マックに入って、注文した途端、あいつは「払っといて」と言ってトイレに消えた。
なにそれ。わたし、今日は3000円も持ってないんだよ。慌てて今注文した総額を頭の中で計算した。
どういうつもりなのか、あいつはテーブルになかなか現れなかった。
で、ようやくトイレから出てきたと思ったら「ごめん。財布忘れたっぽい。1万円貸して」……って、ヘラヘラ笑いながら言った。
「持ってないよ。今だって足りるかどうかドキドキしたんだから」
「足りるかって、ここの? 千円ちょっとだろ?」
「そうだけど」
「嘘だろ〜。おまえいくら持ってんの? 今」
聖哉はわたしより2歳年下で、なんか聞いたことのない大学に行ってる。「危機管理学部」だとか……学部名もなんだか聞いたことのないような……。
わたしはそこそこ名前の知られた私大の理学部を卒業して、今年から社会人。聖哉がわたしのことを「おまえ」って呼ぶのを、今まではそんなに気にしなかったけど、なんか、急にムカついてきたんだ。さっきは。
「俺、今まで結構おごってやってね? マック一回くらいいいじゃん、って思ったけど、そんなにやべえの? おまえのケーザイジョータイ」
確かに、何回かおごってもらったよ。でも、割り勘がほとんどだったよ。
……って、なんでそんな細かいこと、今持ち出すんだ。イラつく。耐えられなくなってきた。
「給料悪くないって言ってたじゃん。なんだっけ、ばい……」
「胚培養士」
「なんかよくわかんねえけど、バイトってわけでもないんだろ? 月20以上はいきそうって言ってなかったっけ?」
「まだ見習いだから17万くらいだよ」
「見習いで17ならいいじゃん。時給1000円に直したら……え〜と……何時間分だ?」
「170時間」(そんな計算もできんのか、こいつは)
「そっか。30日で割ったら……え〜と……」
「6時間弱でしょ。でもなんで30で割るの? わたし、休みゼロ?」
「だけど非正規じゃなかなか月17万はきついっしょ。見習い期間で17ももらえたらすげーよ。そのうち20くらいには上がるんだろ?」
「いろんなことがうまくいけばね。でも、わたし、借金軽く500万超えだからね。その20万から毎月5万ずつ返済したって100か月。3万ずつなら167か月で14年。順調に返済し続けたとしてもその時はアラサーどころか、下手したら40代だよ」
「そっか。じゃあ、金持ちとくっつくしかないか」
そう言うと、聖哉はクククっと鳥みたいな声で笑った。
この笑い方が可愛いと思ったこともあった。そう思うと、本当にもう耐えられなくなってきた。自分のバカさにだ。
「聖哉だって抱えてるんでしょ、学資ローン」
「うん」
「いくら?」
「月12万」
「フルじゃん。わたしよりやばくない?」
「なんとかなるっしょ」
そう言ってまたクククっと鳥みたいに笑った。
その瞬間、わたしの中で何かがプツンと切れた。ほんとに「プツン」って音が響いたんだ。脳の真ん中へんで。
何が危機管理学部だよ。自分の危機管理、まったくできてないじゃん……とか、いろんな思いがいっぺんに噴火して、会話を続ける気持ちもなくなってしまい、わたしは無言のまま立ちあがると店を出た。
聖哉は何も言わなかった。何が起きたのか理解できなかったんだと思う。
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「あちらの男性から同席リクエストが来ています」
……という声で数時間前の風景から引き戻された。